日曜の午後、私はベビーカーを押して近所の公園まで、いち花(2ヶ月・娘)とふたりで散歩に来てます。
オカちゃん(妻)は新宿タカシマヤへ買い物へ行っちゃいました、だから今はふたりしかいません。
最近、雨ばかり続いていたので、せっかくの晴れ間は、
ウチにいるよりは外にでた方がいいと思ったからなんですけどね。
いち花を少し陽にあてたかったし…
で、公園の中で私たち(というか私だけ?)はあからさまにあやしいです。
ヒゲのハゲオヤジと赤ちゃんの組み合わせだから仕方ないんだけど、フツーに考えて誘拐犯と誘拐後の女児にしかみえません。
ま、いいでしょう。そう思ってるのはきっと私だけでしょうし…
日差しの強いところは避けて、トコトコと20分も押していたら、すごく疲れました。
ベビーカーを押すということは何か変な力がはいるみたいです。
なので、いち花がこちらを向くようにして、木陰のベンチに座りました。
初夏ですけどひんやりとした風が気持ちいいです。
佐賀県のど田舎にいた頃はあたりまえだった木陰の風が、都会ではとても贅沢に感じます。
観察していてわかったのですが新生児(もうすぐ3ヶ月ですけどね)というモノは、
振動していたり揺れているのを好む傾向にあるみたいです。
いや好んでるかどうかはわからないけど、その方がおとなしいし、静かでいてくれます。ついこないだ、おなかの中にいた頃は自分の意志に関係なく常に動き回られていたからかもしれません。
私がベンチに腰掛け、ベビーカーが動かなくなったから、泣かないかとちょっと心配しましたが、どうやら大丈夫なようです。
行き交う人々がベビーカーの中いち花に気づくと、だいたいの人は笑顔になります。
次に、私と目が合うと一瞬、目がおよいで、エート…ってような困ったような笑顔になるんですが…
なぜなんでしょうね?
しばらくは、ボーッといち花の顔を見ていました。
最近、うすうす感じてはいたんですけど、認めたくはないんですけど、まだ2ヶ月だけど、まだどんどん変わるはずだけど、この子の顔立ちは似ているかもしれない………誰に?私にです。
それは、女の子の父親(まだたいして自覚なし)としては、なかなかにつらい事です。
彼女が生まれてくる前にオカちゃん(妻)のおなかに向かって、よくお願いしたものです。
一つ、土曜日か日曜日にに生まれてきて欲しい。
二つ、五体満足で健康に生まれてきて欲しい。
そして、オカちゃんに似てかわいく生まれてきて欲しい。
いや、オカちゃんに似なくてもいいけど、すごくかわいく生まれてきて欲しい。
一と二はちゃんと守ってくれたよなあ…ありがとう。
そのうち、いち花がウガウガ言い出しました。
でがけにミルクを飲ませたから、おなかがすいてるわけじゃないよなぁ…と、オムツをめくってみると。うんちでした。
換えのオムツを用意してウエットティッシュでおしりを拭くんですがベビーカー上でのオムツ・チェンジは、なかなかに難しいようです。
鳴き声が一段と大きくなって、私はもはや誰に言い訳しているのかよくわからない何かを…うわごとのようにいち花に話しかけて、もたもたしてました。
近くにいた20歳くらいの女のコが、心配して何か話しかけてきますが、はっきり言って余裕ナイので聞こえません。
オムツは換え終わったのだけど泣きやまないので、抱っこしてあやしてみます。
こういう時困るのが、いろいろいち花に話しかけたいけど、知らない人がそばにいるため、はずかしくて思うようにしゃべれないということ。(携帯電話のヘッドセットで通話してる人みたく見られるのがヤなんですよ)
しばらくして泣きやんでくれたので、抱っこしたままベンチに座りました。
さっきの女のコは隣でじっと(いち花を)のぞき込んでます。
「赤ちゃんカワイイですね。なんて名前なんですか?」
私「いち花。ひとつの花と書いて、いち花です」
私「あなたは赤ちゃん。 好きですか?」
彼女「大好きですよーこんなに小さくて、小さいのにちゃんと動いて、ときどきすごい笑顔になるのが、めちゃめちゃかわいーじゃないですか」
私は、ほほ~~ぅという表情で、最近は痛いから出産嫌いの若い女性が多いんじゃないの~?みたいな意地悪なことを訊いてみたりします。
意外にしっかりした受け答えをするコで、オカちゃんほどではないにしろ、まあまあカワイイ。
彼女「お父さん似ですね?」
(ギクッ!!) ひとが気にしてるところをいきなりついてくる人です。
私「いえ、そんなことはありませんよ!! だいたい肌の色が違うじゃないですか。ボクの腕はこんなに白いし。指の形だってこんなに違うし。あ、指はお母さん似なんです。耳の形もお母さん似なんですよ」
私「えーと、それから、耳の穴の形もお母さん似だし、お風呂上がりなんかオカちゃんそっくりなんですよ」
私「あ、オカちゃんていうのは、お母さんのあだ名で、ほんとは美里っていうんですけどね」
そんな正当ないいわけに関係なく
彼女「え~そんなこと言ったって、目がそっくりですよ~」
と、彼女はにやにやしながら攻めてくる。(ように私は感じる)
私は深いため息をついた。は~~~
私「似てるのかな~?」
彼女「ええ」
私「やっぱしー? 気のせいとかじゃなくて?」
彼女「だいたい」
私「あのね。失礼ですけど、あなたはお父さん似ですかお母さん似ですか?」
彼女「お父さん似ですよ」
私「お父さんとお母さんは、どっちがイケてますか?」
彼女「……ん~ それは~お母さんかな?」
(誰に対しての疑問形なんだろう?)
私「問題はそこなんですよ!!!」
彼女「どこですか?」
私「べたですね?」
彼女「は?」
私「いえ… えーとですね。お母さん似に生まれてくれば、かわいかったのに、お父さん似に生まれたばかりにブスになって…いや。あなたのことじゃあないですよ。あなたはかわいいですよ。ええ」
私「あのですね。私が言いたいのは、両親二人のうち、比較的イケてない方に似た場合。物心ついたあとで(本人の)そのやり場のない怒りはどうなるのか?ということですよ。多感な思春期などにかなり逆恨みされるのではないか?とか、逆恨みしないまでも事あるごとに、心のつまずきの元になるのではないか?とか そういうことですよ」
彼女「えー…… 考え過ぎですよ。まだまだ先の話じゃないですか。
それにいち花ちゃんは充分かわいいですよ」
私「そりゃ赤ちゃんですから…今はね」
彼女「ちょっと、いい話しましょうか?」
私「ええ」
彼女「女の子にとって、初めて接する男の人ってお父さんなんですよ」
彼女「そして、無条件に“かわいい”“かわいい”ってほめてくれる男の人も、
お父さんなんですよ。彼氏なんかよりずーっと先にですよ。わかりますか?」
私「いや、まあ… なんとなく」
彼女「だから、生まれて初めて“かわいい”って、自分を肯定してくれたお父さんを嫌いになったりしませんよ。だって自分に似てるんですよ」
私「……… そういうモンですかね?」
彼女「はい。(たぶん…) あの、時間なんで、じゃ、あたしはこれで…」
私「あ、どうも」
釈然としない顔をしてぼんやりしていたら、いち花がまた泣きはじめたので、私はあわててさらによくわからないうわごとのような言葉をかけてあやします。
(おもに替え歌系が多いです)
あやしながら、先ほど名も知らない女のコに言われた言葉の意味をぼんやり考えてました。
不意に肩をぽんとたたかれて
そしたら、さっきの彼女の人差し指が、振り返った私のほほをさしてて、
「あのね、おとうさん。あたしはね、おとうさん似でよかったと思ってるよ。“かわいい”って言ってくれて、ありがとう」
その瞬間、ハッ! といたしまして。
横を見たら、眠ってるいち花の顔が目前にあり。彼女の小さい手が私のほっぺたにあたってました。
今のって、走馬燈ってヤツ? と思いましたが、どうやらオカちゃんも含め三人で川の字になって昼寝をしていたみたいです。
私の右のホホにはラグの跡がついてて、そんで、ほんの少しですが涙が出てました。